2015年 11月 25日
No.2999 11月25日(水):私が考える「個の最終形」は何か? |
こんにちは。遠藤です。本ブログも明日で「3000回」です。
めでたしめでたし
さて、昨日のブログでは「個として生きたい人にとって・・」という表現を使いました。
この「個」というものに関して私が「まったく矛盾している」と思うことがあります。
それは各社の経営陣が社員に「リーダーになること」を求めている一方で、現実は「自社に従順な兵隊」をつくっていることです。
リーダーであるなら、自立していることが条件になります。
真に自立していれば、必然的に自社以外でも通用することになります。
つまり、組織に依存しなくても生きていけるわけであり、大雑把にいえば、これが「個」という状態です。
だから、「個」というリーダーを育成すれば、「細胞分裂」のような症状が起こるのが必然となります。
が、多くの経営陣はこれを全面的に否定しています。
「リーダーにはなって欲しいが、辞められるのは困る(自分から離れていくのはプライドが許さない)」というわけです。
つまりは「自立型リーダー」という「個」ではなく、「依存型リーダー職」という「役職者」を育てているのです。
私がこういった概念を否定しているのは、「生き方」を見てもらえればわかります。
これまでも言ってきたことですが、私のキャリアは一般的な事例とは「真逆」です。
大企業系財団法人から始まって、業界外民間大手、業界大手、業界ベンチャー、フィットネスビズ設立(社員10名規模)、個のサポーターズクラブ設立となっています。
世でいう「凄い人たち」のキャリアが「拡大」していくのに対し、私は「どんどん小さくなっている」のです。
が、この「大から小へのプロセス」こそが、私が「個」を目指していることの言行一致の行動だと思っています。
なお、優劣でいうつもりはありませんが、私は「単なるフリーランス」ではありません。
実名を挙げれば三菱系、小田急系という「本当の大手企業」において「組織の論理」を経験しています。
その「経験」に基づいて、「各自は個であるべき」と主張しています。
この私自身の「プロセス」が意味しているのは、「個を目指した場合、必然として組織から飛び出すことになる」ということです。
この2つの概念は基本的に相容れないものです。
もちろん、組織から飛び出ない限り、「個ではない」ということではありません。
これまで一貫して繰り返してきた通り、「組織の中の個」という生き方があるからです。
しかし、それは組織の理念や実体と個人の志が相当な割合でシンクロしている場合に限ります。
「個」としての成熟があるなら、言行一致がない経営陣と一緒に行動することは絶対にできません。
「絶対に」です。
私は「個」の最終形は「Sosiety(ソサエティー)」的なものだと思っています。
「Sosiety(ソサエティー)」とは、辞書のまま書くと「独自の慣習・法律などをもつ組織体としての社会、共同体」となります。
わかりやすく言えば、「個による世界観の共有」です。
突き詰めていけば、これ以外にあり得ないと思います。
明日はこの考え方をさらに強化した内容を記します。
記念の「3000回」にふさわしい内容にするつもりです。
*****************
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めでたしめでたし
さて、昨日のブログでは「個として生きたい人にとって・・」という表現を使いました。
この「個」というものに関して私が「まったく矛盾している」と思うことがあります。
それは各社の経営陣が社員に「リーダーになること」を求めている一方で、現実は「自社に従順な兵隊」をつくっていることです。
リーダーであるなら、自立していることが条件になります。
真に自立していれば、必然的に自社以外でも通用することになります。
つまり、組織に依存しなくても生きていけるわけであり、大雑把にいえば、これが「個」という状態です。
だから、「個」というリーダーを育成すれば、「細胞分裂」のような症状が起こるのが必然となります。
が、多くの経営陣はこれを全面的に否定しています。
「リーダーにはなって欲しいが、辞められるのは困る(自分から離れていくのはプライドが許さない)」というわけです。
つまりは「自立型リーダー」という「個」ではなく、「依存型リーダー職」という「役職者」を育てているのです。
私がこういった概念を否定しているのは、「生き方」を見てもらえればわかります。
これまでも言ってきたことですが、私のキャリアは一般的な事例とは「真逆」です。
大企業系財団法人から始まって、業界外民間大手、業界大手、業界ベンチャー、フィットネスビズ設立(社員10名規模)、個のサポーターズクラブ設立となっています。
世でいう「凄い人たち」のキャリアが「拡大」していくのに対し、私は「どんどん小さくなっている」のです。
が、この「大から小へのプロセス」こそが、私が「個」を目指していることの言行一致の行動だと思っています。
なお、優劣でいうつもりはありませんが、私は「単なるフリーランス」ではありません。
実名を挙げれば三菱系、小田急系という「本当の大手企業」において「組織の論理」を経験しています。
その「経験」に基づいて、「各自は個であるべき」と主張しています。
この私自身の「プロセス」が意味しているのは、「個を目指した場合、必然として組織から飛び出すことになる」ということです。
この2つの概念は基本的に相容れないものです。
もちろん、組織から飛び出ない限り、「個ではない」ということではありません。
これまで一貫して繰り返してきた通り、「組織の中の個」という生き方があるからです。
しかし、それは組織の理念や実体と個人の志が相当な割合でシンクロしている場合に限ります。
「個」としての成熟があるなら、言行一致がない経営陣と一緒に行動することは絶対にできません。
「絶対に」です。
私は「個」の最終形は「Sosiety(ソサエティー)」的なものだと思っています。
「Sosiety(ソサエティー)」とは、辞書のまま書くと「独自の慣習・法律などをもつ組織体としての社会、共同体」となります。
わかりやすく言えば、「個による世界観の共有」です。
突き詰めていけば、これ以外にあり得ないと思います。
明日はこの考え方をさらに強化した内容を記します。
記念の「3000回」にふさわしい内容にするつもりです。
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by fitnessbiz-01
| 2015-11-25 21:46